23時頃鎌倉駅で下車してみると、辺り一面に潮の香りがして猛烈にガスっていた。どこかの高原であればいざ知らず、鎌倉で駅の辺りまで霧が出るのは珍しい。潮の香りがすることから、霧じたい海からのものと知れた。面白がってiPhoneで写真を撮りながら帰宅したが、山が近づくほど霧が薄くなる。果たして海がどうなっているのか気になって夜の散歩に出かけた。
昨夜、自宅仕事のあとに乗ろうと思い鞠号にカバーをせずにいた。雨に濡らしてしまったが、結果すぐに出られる状態にあった。雨ざらしは可哀想だが、すこぶる都合が良い。スーツからジーンズに履き替えてそのまま出かけた。
歩いて帰宅したコースをそのままに、南に下って駅方面へ出る。途中岐れ路(わかれみち)のT字路の空き地に警官が出ていた。こんな夜に取り締まりかと思ったが、霧を警戒していたのかもしれない。駅を過ぎ真っ直ぐ海岸を目指す、霧がだんだん濃くなる下馬四つ角にもまた警官が出ている。ご苦労なことだがあまり気持ちのいいものでは無い。
一の鳥居の辺りから霧は濃密になってきて、由比ガ浜目前のGSの辺りでは小雨とも言えるほどになってきた。取り敢えずGSで給油し、R134にぶつかった所で由比ガ浜の駐輪場に入ってみる。
忙しくしている間に浜すっかり海の家で覆われていた。駐輪場から海を窺うも阻まれてよく分からない。霧は地べたを這って流れている。気温も少し低くなっている様だ。
様子が分からないのでR134に出て稲村ガ崎を越えた。引き返そうかとも思ったが、ちゃんと海をみて見たい。濃厚な海の風に叩きつけられるようにして走る。油断すると車体ごと山側に押し退けられる。車もバイクもほとんど走っておらず、街頭が煙って幻想的だ。
七里ヶ浜に出ると急に視野が開け始めた。雲を割って満月が海面を照らし始めた。こんな霧の夜に、月に照らされる海を眺められるとは思ってもおらず、思わず鞠号を停めた。風はどうやら南南東から吹いているらしい。さざめく波が月光に背後から縁取られている。むかし青函連絡船がまだ就航していた頃、ちょうど満月の晩に海峡を渡ったことがある。その時にこんな海を見たように思う。潮風に揉まれながらしばらく見入っていた。
少し先に江の島が見えた。いつもの散歩コースでは江の島のハーバー手前まで行って帰ってくる。海岸に降りたくなって水族館の向こうまで行くことに決めた。腰越を越えると真っ白に水蒸気に包まれた江の島が大きく迫る。海の向こうからぶつかってくる湿気た風は島の斜面を登りながら雲になって岡へ流れてくる。映画『天空の城ラピュタ』で雲の塊のようになったラピュタの登場シーンがあるが、なにもない海上に急に綿菓子の塊がおかれた様だ。流れ来る雲はちょっと龍のようにも見えて、島には龍神が祀られていなかったかと思う。
鵠沼の浜に降りてしばらく風になぶられていた。潮の匂いは好きだ。やはり棲むなら海の近くがいい。この辺りはマンガ『海獣の子供』の舞台にもなっているが、作品内でも描かれる浜に降りる広い階段が好きだ。江の島で生まれては空へ飛び立つ雲の龍と、月に照らされてさざめく波打ち際を眺めてからゆっくりと帰路についた。
R134を引き返して走って行くと、先程同様に鎌倉高校駅辺りから靄が出始める。セブンイレブンを越えたあたりで霧になり、稲村ガ崎では重い水蒸気の中を走っていた。膝や腿が湿って重い。まつ毛に水滴が溜まり、落ちる。マンホールの蓋で飛ばないよう気を付けタンクを腿で挟み込む。チェーンの駆動音が聴こえる。背筋を伸ばしてシートの前の方に腰掛け、オフローダーに跨ったような姿勢で走る。楽しくなっていく。前のビッグスクーターカップルを追う。追い抜く。また抜かれる。
由比ガ浜の交差点で左折、八幡宮で右折。途中コンビニで発泡酒を買って帰宅。長い夜の散歩になった。